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京都地方裁判所 昭和49年(行ウ)20号 判決

原告

堀健

原告

ホリケン興業株式会社

右代表者

堀健

右原告両名訴訟代理人

大国正夫

外三名

被告

京都市長

船橋求己

被告

京都市建築主事

竹林幸雄

右被告両名訴訟代理人

納富義光

主文

一  原告らの被告らに対する訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告京都市長(以下被告市長という。)が、訴外上田建設株式会社(以下上田建設という。)に対し、昭和四八年二月九日都風第四の三八号をもつてなした美観地区内における行為の承認処分を取消す。

2  被告京都市建築主事(以下被告建築主事という。)が、上田建設に対し、昭和四八年二月二八日確認番号第二左一六九六号をもつてなした建築確認処分を取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  上田建設は、昭和四八年二月八日被告市長に対し、建物新築に関する別紙目録記載の行為の承認を申請したところ、同被告は同月九日都風第四の三八号をもつて右行為の承認を与えた。

2  さらに、上田建設は、昭和四八年二月被告建築主事に対し、別紙目録の第三項記載の建築物(以下本件建築物という。)の確認申請をしたところ、同被告は同月二八日確認番号第二左一六九六号をもつて確認処分をした。

3  原告ホリケン興業株式会社(以下原告会社という。)は、本件建築物の敷地の西隣に土地及び建物を所有し、これを使用して、有楽荘という屋号で飲食業、料理旅館業等を営んでいるものであり、原告堀健は、原告会社の代表取締役であり、右原告会社所有地の西隣りに土地を所有し、これを有楽荘の利用に供するとともに、右有楽荘を常時使用しているものであるが、原告らは、昭和四八年八月一五日被告らの本件各処分がなされたことを知り、本件建築物が計画通り建築されれば、原告及び周辺住民らは重大な被害をこうむるので、同年一〇月九日京都市建築審査会に対し、建築基準法に基づく審査請求をしたところ、同審査会は同四九年九月二七日付で同審査請求をいずれも却下する旨の裁決を行ない、右裁決書は同年一〇月八日原告らに送達された。

4  しかし、被告らがなした本件各処分は以下に述べる理由により違法である。

(一) 京都市は、都市の風致を維持するため都市計画法五八条一項に基づき、京都市風致地区条例(京都市条例第七号、昭和四五年六月一四日施行、以下風致地区条例という。)を制定したが、同条例四条によれば、市長は風趣に富んだ住宅地等自然的景観を保持している地域で現存の風致の維持に配慮する地域を「風致地区第三種地域」に指定するものとされている。そして、風致地区内において建築物を新築しようとするときは市長の許可を受けなければならず(同条例二条)、風致地区第三種地域では、建築物の高さが一五メートル以下に制限されており、市長は、これを超える高さの建築物の新築を許可してはならないことになつている。

さらに、京都市は、都市の美観を維持、増進するため建築基準法六八条に基づき京都市市街地景観条例(京都市条例第九号、以下景観条例という。)を制定したが、同条例六条によれば、美観地区(都市計画法八条一項六号、九条一四項)のうち、伝統的建築様式により構成されている町並みまたは歴史的建造物等が、周辺の市街地景観と一体となつて風趣あるたたずまいを示している地域で、その景観を保全する地域を「第一種地域」、第一種地域の周辺地域、歴史的建造物等が点在し、風趣あるたたずまいを示している地域または建造物が群としてすぐれた構成美を示している地域等で、その景観の保全に配慮する地域を「第二種地域」と定めている。そして、美観地区の第二種地域内においては、建築物の高さは原則として一五メートル以下に制限されており、これを超える建築物を新築しようとする者は市長の承認を受けなければならず(同条例七条)、また、建築物は所定の基準に適合することが要請されており、これらに適合しない場合には、市長は申請を承認してはならないこととなつている(同条例八条)。

そして、本件建築物の敷地のうち、東側隣接地との境界線から2.3メートル幅の部分及び北側隣接地域、東側隣接地域は、すべて風致地区第三種地域の指定を受けているから、上田建設が本件建築物を新築するについて、被告市長は、本件建築物の最高部分が一五メートルを超えており、新築を許可してはならないにもかかわらず、同敷地が景観条例の適用がある地区であると認定し、同条例七条に基づく承認を与えたのは、適用すべき条例を誤つたものであるといわなければならない。したがつて、被告市長の本件承認は違法であり、取消されるべきである。

また、本件建築物の敷地のうち、風致地区第三種地城の指定を受けている部分を除く土地は、景観条例における美観地区第二種地域に該当するから、仮に、本件建築物の新築について、同条例の適用があるとしても、建築地の北側及び東側の隣地一常は、風致地区第三種地域に指定されており、しかも、建築地の東側部分も同地域に該当し、建築物の高さは一五メートル以下に制限されているのであるから、本件建築物の高さについても、風致美観保護の立場から、景観条例の原則とされている一五メートル以下に制限されるべきであるといわなければならない。にもかかわらず、被告市長が、一五メートルの制限をはるかに超える本件建築物の新築に本件承認を与えたのは明らかに違法であるから、取消されるべきである。

(二) 本件建築地は東山の麓に存し、周辺地域には、神社、寺院、美術館等が多数点在し、四囲の疏水、広場、公園、道路などと一体となつて、すぐれた自然的、歴史的景観を構成しており、その美観は最大限の努力を払つて維持、増進しなければならない。しかるに、本件建築物は、高さ19.16メートル、塔屋部分の高さ5.46メートル、最高部分は24.36メートルにも及ぶものであり、しかも塔屋部分の位置規模、形態は、高さにおいて本件建築物の三分の一近く、幅も五分の三になる巨大なもので、当該建築物の本体と均整のとれたものではなく(景観条例八条一項四号参照)、本件建築物の位置、規模、形態は、周辺地域と調和し、均整のとれたものではない(同項五号参照)。さらに、原告らの経営する有楽荘は、名匠の手になる京都随一の庭園を有し、その故に、料理旅館、着物展示場、お茶会の席として大いに利用されてきたが、本件建築物によつて東山の眺望と天空をさえぎり、庭園美が失われることとなり、有楽荘の評判は低下し、営業上大きな打撃をこうむることは確実であるのみならず、本件建築物の三階以上からは庭園、邸宅が丸見えとなり、このため利用客が寄りつかなくなることも明白である。したがつて、本件建築物は、原告ら及び周辺住民の環境権、土地建物所有権、占有権、眺望権、天空権、営業権を侵害するものであり、これに対して被告市長が本件承認をなしたのは違法であるといわざるをえない。

(三) 本件建築物は、高さが実質的に24.36メートルで二〇メートルを超え、しかも、周辺の市街地景観に重大な影響を与えるものであるから、被告市長が本件承認をする場合においては、あらかじめ美観風致審議会にはからなければならない(景観条例九条)のにかかわらず、同被告は、全く審議会にはかることなく本件承認をなしているのであるから、右承認は違法であり、取消されるべきである。

(四) 被告建築主事がなした建築確認処分は、被告市長の承認処分が適法であることを前提として適法とされるものであるところ、本件建築物に対する被告市長の承認処分が前記のとおり違法であつて、風致地区条例及び景観条例に適合しないから、右確認処分も違法となり、取消を免れない。

5  よつて、被告らのなした本件各処分はいずれも違法であるから、その取消を求める。

二、被告らの本案前の主張

原告らは、被告らの本件各処分を不服として昭和四八年一〇月一九日付で京都市建築審査会に対して審査請求をなしたが、同審査会は右審査請求が法定期間経過後になされたものであることを理由に同四九年九月二七日付で却下する旨の裁決を行なつた。

ところで、建築基準法九六条は、当該処分に対する建築審査会の裁決を経た後でなければ、処分取消の訴えを提起することができない旨規定しているが、右要件を充足するためには、審査請求期間(行政不服審査法一四条一項)内に適法な審査請求がなされることを要すると解すべきところ、原告らが、被告らのなした本件各処分につき京都市建築審査会に対して行なつた審査請求は、法定期間経過後になされた不適法なものであるから、さらに本件各処分の当否について本件訴えを提起することは許されないものといわなければならない。それ故に、右却下裁決が違法でない限り、原告らは本件各処分につき取消の訴えを提起することはできず、却下裁決が違法であるときは、まず、これを取消す判決を得た後に再度審査請求をなし、これに不服がある場合に、はじめて原処分に対する取消の訴えを提起しうるのである。

したがつて、本件訴えは不適法であり、却下を免れない。

三、被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

1  被告らは、原告らの審査請求が出訴期間を徒過しているとの理由で却下する旨の裁決がなされたので、原告らとしては、まず右却下裁決の違法を争い、右却下裁決の取消判決を得た後でなければ本件訴えを提起できないと主張する。

しかし、一般に訴願前置主義がとられている場合、右訴願が違法に却下された場合でも、まず、その却下裁決の取消を訴求しなければならないとするのはあまりにも形式的である。すなわち、適法な訴願を提起したことは、行政権に再審査、反省の機会を与えているのであるから、これを裁決庁が誤つて利用しなかつた場合に、却下裁決の取消を訴求しなければならないとするのは国民に迂路を強いるものである。したがつて、却下裁決が違法である以上、ただちに原処分の取消訴訟を提起しうると解すべきである。

2  原告堀健が昭和四八年四月下旬本件建築物に関して京都市住宅局の川勝得夫技術長と面会した際、同技術長は、本件建築物の建築主、高さ、階数を説明し、建築確認処分があつたと述べたのみで、被告市長が本件承認処分をしたことを原告堀健に説明したことはない。同原告が被告市長の本件承認処分を知つたのは、同原告から本件の処理について委任を受けた弁護士が昭和四八年八月一五日京都市役所におもむいて調査した時点である。それ故に、被告市長の本件承認処分を原告らが知つた日は昭和四八年八月一五日であるというべきである(なお、原告堀健が川勝技術長と面接した際、被告市長の本件承認処分があつたことを知らされた旨の原告らの従前の主張が、原告堀健において右承認処分を知つたことの自白にあたるとすれば、右は真実に反し、錯誤に基くものであるから、同自白を撤回する。)。

さらに、行政不服審査法一四条一項にいう「処分があつたことを知つた」と言えるためには、抽象的に処分があつたことを知つたのみでは足らず、当該処分に対し不服を申し立てるか否かを検討するのに必要な程度に処分の内容を知ることを要するものであるところ、原告堀健は本件建築物に関して川勝技術長から前記のとおり形式的概括的な説明を受けたにすぎず、設計図はもちろん、一般には見せることになつている計画の概要図すら見せられなかつたほか、その際、同技術長からは、許可が降りてしまつた以上、今さらどうしようもないと説明されたのであるから、建物の位置、大きさ、構造、確認年月日、処分をした者を知ることはできず、したがつて、本件建築物が建築基準法に適合しているか否か、不服申立期間はいつまでか、不服申立の相手方は誰かなどは全く不明の状況にあつた以上、「処分があつたことを知つた」ということはできないものである。それ故に、被告市長の本件承認処分を原告らが知つた日は、昭和四八年八月一五日であるというべきであり、原告らが同処分を同年四月中旬に知つたとして審査請求期間徒過を理由に原告らの審査請求を却下した京都市建築審査会の裁決は事実認定を誤つたもので違法である。したがつて、審査請求期間の徒過を理由に本件訴えが不適法であるとする被告らの主張は理由がない。

3  仮に、原告らが被告らのなした本件各処分を昭和四八年八月一五日以前に知つていたとしても、審査請求の遅滞は、川勝技術長が原告らから本件各処分が不服申立をすることができる処分であるか否かなどについて教示を求めたにもかかわらず、これに対して教示せず、あるいは不服申立ができないなどと誤つた教示をしたことに起因するものである。

すなわち、原告堀健は前記日時場所で川勝技術長と面会し、本件建築物の敷地は風致地区であるから大きい建物を建てられるはずがないので何とかして欲しいと強く申し入れたのであるが、原告らが被告らのなした本件各処分の直接の相手方ではなく第三者的地位に立つものであるほか、原告堀健が法律の素人であるという事情の下においては、原告堀健の右申し入れをもつて、本件処分に対する不服申立方法につき行政庁の指導、助言を求めているものと解すべきであり、行政庁に対して行政不服審査法上の教示を求めているといわなければならない。にもかかわらず、川勝技術長は、何ら不服申立に関して教示することなく、かえつて、本件建築物の敷地の全部が風致地区ではなく、また、許可が降りているからどうしようもないと説明し、もはや不服申立手段がない旨の誤つた教示をしたものである。

このように、行政庁が不服申立方法について教示を求められたにもかかわらず、これに対して教示せず、あるいは誤つた教示をした場合には、行政不服審査法五七条、一九条の趣旨からみて、同法一四条一項の適用は排除され、同法一四条三項が適用されるべきであるから、本件の審査請求期間は処分があつた日の翌日から一年を経過するまで(同法一四条三項)と解すべきである。したがつて、原告らの京都市建築審査会に対する審査請求は、期間内に適法に提起されたものであり、審査請求期間の徒過を理由に本件訴えが不適法であるとする被告らの主張は理由がない。

四、原告らの反論に対する被告らの再反論

1  訴願前置主義は、当該行政処分につき裁判所に出訴する以前に、まず、当該行政処分について行政権による再審査を行なう機関に対し不服申立をし、行政権に当該行政処分の内容について反省の機会を与え、実質的な再審査をなさしめることを目的とする制度である。したがつて、再審査機関に対する不服申立は、これによつて行政処分の内容につき実質的に再審査をうけることができる適法な不服申立であることを要する。それ故に、本件の如く訴願期間経過後になされた不服申立については、同申立が不適法である以上、再審査機関は実質的審査権を有していないので、同申立は訴願前置の要件を充足するものではない。これに反し、原告が本件訴えにおいて主張するのは、訴願が適法に提起されたにもかかわらず誤つて却下裁決がなされた場合であり、その前提を異にするものである。

2  原告らは、昭和四八年四月下旬京都市住宅局の川勝技術長と面会したが、その際、本件建築物の建設場所、建築主、用途、階数、高さについて説明を受けた。ところで、行政不服審査法一五条によれば、審査請求書には「審査請求に係る処分」を記載しなければならないが、この点については、原告らが川勝技術長から説明を受けた右事項を記載すれば、本件各処分は特定しうるものと解される。仮に、右事項のみで不充分な場合にも、審査請求後に補正することが実務上許されているのであるから、原告らで調査しうる範囲で調査し、取りあえず審査請求書を提出しておき、その余の事項(例えば、建築主事の氏名、確認年月日など)は担当職員の指導を受け補正すればよいのである。このように、原告らは昭和四八年四月下旬に本件各処分を知り、審査請求をすることが可能であつたにもかかわらず、六〇日以内に審査請求をしなかつたので、原告らの審査請求は不適法である(なお、原告らは、原告堀健が川勝技術長と面接した際、被告市長の本件承認処分を知らされた旨自白しており、右自白の撤回は許されない。)。

3  原告らは、原告堀健が前記日時場所で川勝技術長と面会し、本件各処分の変更を求め、その過程で、「何とかならないか」としつように要望している場合、そこには、当然法律的に原処分を争う方法についても行政庁の指導助言を求めていることになる旨主張する。しかし、原告堀健の右要望は京都市に対する単なる請願にすぎず、行政不服審査法五七条二項の教示の請求まで含んでいるとは解しえないし、行政庁もそこまで考慮して措置すべき理由は見当らない。

第三  証拠〈略〉

理由

一請求原因1、2の事実は被告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。さらに、原告らが京都布建築審査会に対して建築基準法に基づく審査請求をしたところ、昭和四九年九月二七日付で却下する旨の裁決がなされたことは当事者間に争いがない。

二そこで、本件訴えの適否につき検討する。

原告らが本件各処分の取消訴訟を提起するためには、事前に京都市建築審査会に対して本件処分に関する審査請求をなし、その裁決を得ることを要する(審査請求前置主義、建築基準法九六条、行政事件訴訟法八条一項但書)。このように、本件各処分について審査請求前置が法定されているが、右審査請求はたとえ不適法であつても前置されれば足りると解するのでは、前置を要求する実益が存しないから、右審査請求が適法に提起され、本案について裁決を受けうるものでなければならないことは明らかである。原告らは、本件各処分に対する原告らの適法な審査請求が違法に却下されたことを前提として、このような場合には、ただちに原処分の取消訴訟を提起しうるから本件訴えは適法であると主張する。しかし、以下に述べる如く、原告らの審査請求は審査請求期間を徒過した不適法なものであり、却下裁決は適法であるから、原告らの主張はその前提を欠き理由がない。

そこで原告らのなした審査請求が審査請求期間を遵守した適法なものであるか否かにつき判断する。(なお、原告らは、当初、原告堀健が川勝技術長と面接した際、被告市長の本件承認処分があつたことを知らされた旨主張し、後に同主張を撤回しているが、右の主張は原告堀健が右承認処分を知つたことの間接事実であつて自白の対象となるものではないから、主張の撤回は許されるので、以下証拠によつて判断する。)

〈証拠〉を総合すれば、本件建築物が建築される以前、同敷地上には二階建の木造家屋が建つていたが、昭和四八年四月頃に取り壊されたこと、原告堀健(原告会社代表者兼原告本人であるが、以下単に原告堀健という。)は、取り壊された後の敷地がどのように使用されるかにつき関心を持ち、調査したところ、大きな建物が建てられることが判明したので、詳しい内容を知るため、同月中旬京都市住宅局へ行き、担当職員に工事内容を質問した結果、同敷地上には上田建設が五階建のビルを建てるとの返答であつたこと、そこで、原告堀健は、さらに右建築物の内容を詳しく知るため、右担当職員に対して建築図面を閲覧したい旨申し入れたところ、拒否されたため、それ以上の詳しい内容はわからなかつたこと、その後、原告堀健は、同月下旬に再度京都市住宅局へ行き、川勝技術長と面会し、同人に対して、本件建築物の敷地は風致地区ではないのか、本件建築物は違反建築ではないか、建築主は誰か、如何なる建物が建つのかなどを質問したこと、これに対して、川勝技術長は、建築主は上田建設、建物の用途は事務所、建物は五階建で高さは一九メートルと答え、風致地区か否かの質問に対しては、風致地区、美観地区等の色分けをした二五〇〇分の一の地図を示して、本件建築物の敷地が風致地区ではなく美観地区の規制を受ける地域であつて、本件建築物の建築について美観地区を前提とする京都市長の承認を受けており、建築確認も既に受けているので違反建築ではないと説明したこと、その際、原告堀健は、川勝技術長に対して、本件建築物の設計図を閲覧させて欲しいと要望したが、京都市住宅局では、設計図の閲覧についての関係法令も存在せず、個人の秘密に属する事項であることを考慮して、本人の同意のない限り設計図を閲覧させない取扱いをしていたので、原告堀健の閲覧請求を拒んだこと、さらに、原告堀健は、川勝技術長に対し、本件建築物が建築されれば、西隣りにある原告会社の建物及び庭園が本件建築物から丸見えになり、美観も低下するので市役所から上田建設に話しをして、何とか工事を中止させるように命令して欲しいと申し出たが、川勝技術長は、本件建築物が違反建築物でない以上、そのような命令は出せないが、当事者間で話し合つて解決するよう勧め、市としても、上田建設に対して原告らの話合いをするように行政指導する旨約束したこと、一方、原告堀健は川勝技術長に対する要請のみでは所期の目的を達することができないと判断し、三木環境庁長官、田中総理大臣、船橋京都市長宛に善処方を要望する書面を郵送していることの各事実が認められ、乙第五、第六号証、原告堀健本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告らは昭和四八年四月下旬に京都市住宅局を訪れ、川勝技術長から本件建築物が、既に京都市長の承認を受け、建築確認も済んでいるとの説明を受けたのであるから、原告らは、右時点において本件各処分の存在を知つたものと言わなければならない。

なお、原告らは、行政不服審査法一四条一項に規定されている「処分があつたことを知つた」と言えるためには、抽象的に処分があつたことを知つたのみでは足らず、当該処分に対し不服を申し立るか否かを検討するのに必要な程度に処分の内容を知ることを要するから、本件においては、「処分があつたことを知つた」とは言えないと主張する。しかし、行政不服審査法一四条一項は特段の制限を付することなく、単に「処分があつたことを知つた」と規定しているのみならず、原告らの主張する如く、不服申立をすべきか否かを判断するのに必要な程度に処分の内容を知ることを要するとすれば、行政処分の効果を早期に確定させようとする同法条の立法趣旨に反する結果を招来することは明らかである。また、右法条は但書において「やむをえない理由があるとき」は審査請求期間の制限が解除される旨規定しているから、右のように解したからといつて、審査請求人にとつて酷な結果となることはない。したがつて、「処分があつたことを知つた」という文言を原告らが主張する如く解することはできず、原告らは、昭和四八年四月下旬に本件各処分を知つたものといわなければならない。

さらに、原告らは、原告堀健が川勝技術長に対して本件各処分が不服申立をすることのできる処分であるか否かなどについて教示を求めたにもかかわらず、同技術長はこれに対して教示せず、あるいは不服申立ができないなどと誤つた教示をしたので、行政不服審査法五七条、一九条の趣旨からみて、本件の審査請求期間は同法一四条一項によつて決すべきではなく、同法一四条三項を適用すべきであり、本件各処分があつた日の翌日から一年を経過するまでであると主張する。しかし、前記認定事実によれば、原告堀健が昭和四八年四月下旬に京都市住宅局を訪れ、川勝技術長と面会したのは、原告会社所有建物の隣に建てられる本件建築物の規模、内容を明確に把握する目的の他に、近隣に大きな建物を建てられては原告会社所有の建物、庭園にとつて美観上及び営業上に支障をきたすので、本件建築物が風致地区の規制に違反している場合はもちろん、仮に違反していない場合でも、京都市から建築主の上田建設に対して本件建築物の工事の中止あるいは変更を命ずることを京都市に要請するためであつたと解される、それ故、原告らが本件各処分の直接の相手方ではなく第三者的地位に立つものであり、しかも、原告堀健が法律の素人であることを前提としても、同原告が前記日時場所で本件建築物の件につき川勝技術長と面会し、同人に対して質問及び要請をした行為の性質は、同原告がその後環境庁長官らに対し書面で善処分を要望し、政治的解決を期待している事実に照らしても、一市民が他の市民の建設した建物によつて生ずるであろう被害を避けるため、市役所に対して陳情したものと解するのが相当であり、原告堀健が被告らの行なつた本件各処分に対する不服申立方法について、同技術長に教示を求めたと見ることはできないといわなければならない。したがつて、原告らが川勝技術長に対して教示を求めたことを前提とする右主張は理由がない。

以上によれば、原告らは、昭和四八年四月下旬に被告らの行なつた本件各処分を知つたにもかかわらず、行政不服審査法一四条一項の審査請求期間を徒過した同年一〇月九日に京都市建築審査会に対して審査請求をしたものであるから、不適法な審査請求といわなければならず、本件訴えは審査請求前置(建築基準法九六条)に違反する不適法な訴えであるといわなければならない。

三結論

よつて、原告らの被告らに対する本件訴えは不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(上田次郎 孕石孟則 安原清蔵)

目録〈略〉

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